日本酒の歴史とは?酒造りの始まりから今までの変遷について解説

お酒は、古くから地域の風土や文化の中で育まれてきました。最も長い歴史があるワインは、今から約6000年前に造られ始めたと言われています。

日本酒も、712年に天皇に献上された『古事記』に数多く登場しています。

ですが、日本酒造りがいつ始まり、どのように変化しながら現在のようなお酒になったのかは、あまり知らない人のほうが多いのではないでしょうか。

今回の記事では、「日本酒の歴史」について時代ごとに解説します。

日本酒を知る上で大切なキーワードである「製法」や「設備」などについても同時に紹介するので、ぜひ目を通してみて下さいね。

目次

【1】日本酒の歴史 縄文~室町時代

最初に、日本の「酒造り」はそもそもいつから行われたのかについて解説します。

(1)縄文後期~弥生前期 酒造りのスタート

日本酒の原料は、お米、水、米麹ととてもシンプルです。

日本酒造りになくてはならないお米を作る「稲作」が日本に伝わったのをきっかけに、お米を原料にしたお酒が日本でも造られるようになりました。縄文後期から弥生前期の間だと言われていますが、時期については諸説あります。

このお酒が少しずつ発展してゆき、現在の日本酒になりました。

初期のお酒は、田の神に豊作祈願をしたり、収穫を感謝したりする「農耕儀礼(のうこうぎれい)」のためのものでした。

儀礼の際には庶民にも飲酒が許可されたとは言われていますが、日常生活で気軽に楽しめるわけではありませんでした。

(2)平安時代 行事用の酒造り

飛鳥時代から平安時代の間は、宮廷内に「造酒司(みきのつかさ)」という役職があり、酒・酢の醸造や行事用の酒造りなどを行っていました。

酒造りは国の仕事だったのです。

ですが、平安後期には国の経済状況や治安が悪化したため、酒造りを行っていた職人たちが宮廷を離れてしまいます。

それによって、次第に寺院などで酒造りが行われるようになったと考えられています。

(3)室町時代「火入れ」「段仕込み」が始まる

室町時代になると、現代でも使われている日本酒造りの製法や技術がだんだんと確立されるようになります。例えば、原料を数回に分けて発酵させる「段仕込み」も、このころに始まったと考えられています。

また、戦国時代の文献『多聞院日記』には、すでに「火入れ」による殺菌が行われていたことが書かれています。

【2】日本酒の歴史 江戸時代

江戸時代には、庶民も日本酒を楽しめるようになりました。ここでは、酒市場の広がりを支えた技術や職人について解説します。

(1)酒造りと市場の広がり

戦乱の世が終わった江戸時代には、次第に小さな農村でも日本酒造りが行われるようになりました。酒の市場がぐんと拡大した影響で、大規模な酒蔵が現れ始めたのもこの時期です。

酒造業の統制を図るために、幕府は「酒株制度(さけかぶせいど)」や、酒税の徴収などを行うようになりました。

ですが、江戸時代は庶民も暮らしの中で日本酒を楽しむことができたようです。清酒やどぶろくの販売のほか、店内での飲酒もできたと言われています。

(2)「並行複発酵」の確立

日本独自の「並行複発酵(へいこうふくはっこう)」という日本酒の発酵技術も、江戸時代にはすでに行われていたと考えられています。

日本酒は、ワインやビールと同じ「醸造酒」の一つです。

醸造酒は昔から他国でも造られてきましたが、一つのタンクで「糖化」と「アルコール発酵」を同時に行うのは日本酒だけです。

お米のデンプンを糖分に変える糖化と、糖分をアルコールに変える発酵を同時に行うためには、とても高度な発酵技術や、厳密な管理能力が必要です。

そのため、この並行複発酵は「登録無形文化財」にも認定されています。

それ以外にも、冬場に集中して造る「寒造り(かんづくり)」が発達したことによって、高品質な日本酒が安定して造れるようになりました。

(3)杜氏・蔵人などの職人が誕生

日本酒造りの専門職人である「杜氏(とうじ)」と「蔵人(くらびと)」が誕生したのも、江戸時代だと言われています。

杜氏や蔵人は、春から秋までは主に農村で米作りをしていることが一般的です。農閑期である冬になると、出稼ぎとして日本酒造りを行っていました。

日本酒の品質を高める寒造りがちょうど冬に行われていたこともあり、次第に杜氏主導の日本酒造りが定着するようになります。

また、「日本酒造りには水が重要」ということが知られるようになったのも江戸時代です。

江戸時代の終わりには、灘の日本酒造りになくてはならない「宮水(みやみず)」が発見されました。

その他の地域でも、名水が有名な土地を中心に酒蔵が誕生し始めます。

【3】日本酒の歴史 明治時代~現代

明治時代になると、ほとんど現在と変わらない科学技術を用いた日本酒造りが行われるようになります。

戦争や高度経済成長期といった激動の時代を踏まえつつ、紹介します。

(1)明治時代 科学技術の導入

明治時代になると、江戸時代に始まった酒造の統制である「酒株制度」が廃止され、新たに酒造免許を取得できるようになりました。

その影響で一度は大幅に酒蔵が増加したものの、酒税の強化が強まったため、明治後期には半数以上も減ってしまったようです。

明治時代からは、科学技術を用いた日本酒造りが本格的に始まりました。

温度計やホーロータンクの導入、それに高度な精米機の開発など、現代の日本酒造りでも使われる様々な技術や設備などが取り入れられています。

また、明治11年(1878)には初めて瓶詰めの日本酒が売り出されます。それによって、一般家庭にも次第に晩酌の文化が広まっていきました。

(2)戦後 一年中日本酒造りが可能に

太平洋戦争は昭和20年(1945)に終結したものの、酒造業は壊滅的なダメージを負います。日本酒の原料となるお米の不足に加えて、杜氏や蔵人といった職人たちもいない状況でした。

戦争から帰還した兵士たちによってお酒の需要が高まっているにもかかわらず、供給がまるで追いつかなかったため、人体に有害なお酒が出回っていたのもこの時期です。

終戦から10年経った昭和30年(1955)に日本は高度経済成長期を迎え、酒造業が再び盛り返すようになります。

日本酒造りはさらに機械化が進み、空調設備によって一年中日本酒を造れるようになりました。

(3)現代 日本酒の多様化

全世界であらゆる価値観が多様化する現代、日本酒もどんどん斬新なお酒が登場し、新たなファンを獲得しています。

昭和57年(1982)に吟醸酒ブームが起き、これまであまり日本酒を飲まなかった女性や海外の方にも日本酒ファンが増え始めました。

そういった背景もあり、現代では低アルコールの日本酒や発泡する清酒(スパークリング日本酒)など、初心者でも飲みやすい日本酒も造られるようになりました。

また、日本酒はこれまでストレートで飲まれることが一般的でしたが、最近ではロックやソーダ割りといった自由なアレンジも人気です。

楽しみ方のバリエーションが増えるにつれて、確実にファン層は広がり続けています。

まとめ:日本酒の歴史 自分で遡るのもおすすめ

本記事では、おおまかな日本史の歴史について解説しました。

何度も争いに巻き込まれながらも現在まで伝承された日本酒は、まさに日本人の暮らしになくてはならない存在と言えるでしょう。

歴史が古ければ古いほど、記事や文献の内容がそれぞれ異なる傾向があります。もし興味を惹かれる時代があれば、ぜひ自分で掘り下げてみるのもおすすめです。

最近の日本酒は、お米のコクや旨味を味わえるものから、香り高さを楽しめるものまで、とてもバリエーションが豊富です。

ぜひお気に入りの日本酒をお供にしながら、長い歴史に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

どんな日本酒を選んだらいいか分からないという方は、甘口・辛口など大まかな好みから探してみたり、酒泉洞堀一が紹介するおすすめ美酒などから選んでみてくださいね。

Youtubeで日本酒ソムリエがおすすめした美酒はこちら!

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造り手の想いがこもる珠玉の酒が集う
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